輪島大士と北の湖の輪湖時代の読み方は? 若い頃や再婚妻・息子の画像は?

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相撲協会の元理事長で大横綱だった北の湖の終生のライバルでプロレスラーだった横綱輪島(輪島大士さん)が、お亡くなりになりました。北の湖と築いた輪湖時代の読み方はなんと読むのか、若い頃や再婚妻・息子の画像も含めまとめました。









輪島大士と北の湖 二人の横綱のライバル対決

横綱北の湖(きたのうみ)は優勝24回を誇る大横綱ですが、

彼のライバルだった横綱輪島大士さんも優勝14回を誇る名横綱です。

北の湖は史上最年少21歳で1974年に横綱へ昇進しましたが、

その少し前に、入門から3年半という驚異的なスピードで横綱に昇進しています。

ちなみに、ものすごいスピードで横綱になった朝青龍も入門から4年半かかっていますし、

白鵬でも5年半かかっています。

それでも横綱昇進は早いくらいです。

横綱になるには、いくつも階段を登らないといけません。

そもそも平幕にあがるだけでも凄い出世ですが、

その中で3回くらい勝ち越すと、三役(小結・関脇)になります。

その後、三役で3場所合計33勝以上あげると大関になります。

その先がさらに厳しく、大関で2場所連続優勝または準ずる成績をおさめないといけません。

この階段をたった3年半で登りつめたということです。

北の湖といえば、「憎らしいほど強い横綱」としてヒール役の横綱でしたが、

その最強横綱が、10回以上対戦している力士で唯一負け越している相手(21勝23敗)といえば、

輪島さんの偉大さがわかるでしょう。

横綱輪島といえば、金色の回しがシンボルマークでしたが、

彼の驚異的な左下手投げを評して、「黄金の左」というニックネームが付けられていました。

両者の熱の入った大一番をご覧ください。

いかにも腰が重いアンコ型の北の湖を、

左片手一本で振り回している様がよくわかります。




輪湖時代の読み方は?

大相撲の歴史では、時に二人のライバル横綱が突出した実力を兼ね備えていた時代がありました。

最近でいうと横綱朝青龍と横綱白鵬ですが、1970年代には「横綱輪島」と「横綱北の湖」という二人の偉大な横綱がいました。

その少し前だと、面白い解説でおなじみの横綱北の富士さんと横綱玉の海の「北玉時代」や、大横綱大鵬と横綱柏戸の「柏鵬時代」があります。

戦後すぐまで遡ると、横綱栃錦と横綱若乃花(初代)の「栃若時代」もあります。

それらの名前にちなんで輪島・北の湖時代は、「輪湖時代」と呼ばれました。

ちなみに「輪湖」って、何て読むんでしょうか?

「わこ」「わみずうみ」?

なんて読むんでしょうか?

答えは「りんこじだい」です。

輪島の「輪」は「りん」と読みますし、北の湖の「湖」は「こ」です。




プロレスラー

輪島大士さんは相撲協会を退職した後、

活動期間は2年あまりでしたが、プロレスラーへ転身しました。

プロレス時代の貴重な映像です。




若い頃や再婚妻・息子の画像は?

輪島さんには息子がいて、父の相撲界ではなく、

野球の道へ進みました。

お名前は輪島大地さんといって、

天理高校の野球部で活躍されました。

なんでも、父にぶん投げられたことがあるそうですが、

横綱の黄金の左でぶん投げられて、怪我をしなかったのか気になる逸話ですね。

一方の妻・再婚妻の画像については、見つけることができませんでした。

北の湖さんもついこの間に亡くなられたばかりなので、

天国でゆっくりと相撲談義をしてほしいですね。

安らかにお眠りください。




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