ブラック企業の精神論やスピリチュアルを児童に洗脳?道徳教科書でご褒美がなくても仕事をしたいの記載が!

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鬱病や自殺の温床になっているブラック企業ですが、精神論やスピリチュアルが教育の場にも水面下で進出していたようです。小学校の道徳教科書で「ご褒美がなくても仕事がしたい」という記載があり、児童を洗脳しかねないと議論になっています。

ブラック企業の精神論とスピリチュアル

ブラック企業とは?

端的にいうと、従業員個人の人間性よりも雇い側・会社の儲けを最大限に追求し続ける企業のことを言います。

AERAでは、以下のように定義されています。

新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業

出典:AERA

ブラック企業は、従業員の人間性には関心がないので、必然的に従業員は疲弊していきますし、場合によっては精神に支障をきたします。

ブラック企業の思想・精神論

ブラック企業にとって、従業員はただの歯車であり、部品に過ぎないのです。

つまり、安い給料で超長時間働かせてその従業員が持っている能力を、十二分に吸い上げて、使えなくなったら捨てるという、まさに使い捨ての思想です。

典型的な思想は枚挙にいとまがありませんが、主な思想を列挙すると、以下の通りです。

俺の若い頃はしゃにむに働いたからお前も働け!

若い世代に嫌われる「俺の若い頃は・・・」の典型例です。

自分が若い頃しゃにむに働いたからといって、若い人もめちゃくちゃ働かないといけないというのは、論理的必然性が全くなく、矛盾を来しています。

ぶっ倒れて一人前

冷静に聞いたら気狂いそのものですが、働き過ぎて倒れてしまったら、初めて一人前になれるという考え方です。

科学的・医学的に、何の説明にもなっていないのは言うまでもありません。

体で感じて働け!頭じゃない!

指示内容の確認をしに行くとしばしば発せられる言葉です。

論理的に指示内容を説明できないため、体育会的なノリと威圧感で凌ごうという発想です。

ご褒美がなくても仕事がしたい

問題になったのは、光文書院という教科書発行会社が作っている「どうとく ゆたかなこころ」という教科書です。

この教科書は、小学校2年生を対象にしたものです。

その一節で主人公が発した言葉が、以下のコメントでした。

ご褒美をいただかなくても、仕事を続けたい。

出典:キャリコネニュース

執筆者の意図は、「仕事が尊いもの」という考え方を教えたかったのかもしれません。

一方で、「仕事の対価としてお金を要求すること」を蔑む思想にも繋がりかねない側面があります。

当然、賛否両論の議論があります。

例えばツイッターでも、以下のようなコメントが見受けられます。

否定的なコメントは、例えばこの方。

こちらは、賛成派の方です。
 

筆者個人的な考えとしては、「ご褒美なくても仕事をしたい」という考えをどう思うかというディスカッションのネタとして扱うべきではと思います。

もっとも、議論を収拾させるのが難しくなるかもしれませんが。

道徳教科書の誤った考えは児童の洗脳につながる懸念も!

小学2年生というと、親元を一定時間離れて小学校という社会へ足を踏み入れてから、まだ間もない時期です。

思考も柔軟な一方、相手の言うことが正しいのかどうかという、善悪の判断力はまだ養われていません。

良くも悪くも素直な側面があります。

その時期に、ブラック企業の思考になりかねない刷り込みをしてしまうと、「そういうものなのか」という刷り込み・洗脳に繋がりかねません。

教科書の検定という閉鎖的な環境では、前近代的な思想をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

しがらみも、一言では言い表せないほどあるでしょう。

簡単ではないでしょうが、開かれた環境で教科書を作る仕組みを作るのが、偏った思想が教科書へ入って行くのをなくして行く近道になります

そのためには、社会全体がこの問題を大きく取り上げて議論することが、事態を改善させる第一歩になりうるのではないでしょうか。

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